『蜘蛛の糸』の読書感想文を書こうとしている皆さん、かなり苦労していませんか?
芥川龍之介の代表作のひとつである本作品は、大正7年に発表された短編小説。
地獄に落ちた大泥棒カンダタと一本の蜘蛛の糸をめぐる物語で、善と悪、そして人間の本性をするどく描いた名作です。
短くて読みやすい作品ですが、感想文となると「何を書けばいいかわからない」と迷ってしまう人も多いのでは?
私は年間100冊以上の本を読んでいますが、この短編は読むたびに新しい発見があるほど奥深い一冊。
この記事では、読書感想文の書き方から、小学生・中学生・高校生の例文、テンプレート、書き出し例、題名の例まで、すべて丁寧に紹介しています。
コピペはダメですが、感想文を書く前にぜひ参考にしてみてください。
『蜘蛛の糸』の読書感想文に書くべき3つのポイント
いきなり『蜘蛛の糸』で感想文を書こうとしても、「何を書けばいいの?」と手が止まってしまいますよね。
まずは、この作品の読書感想文を書くうえで必ず押さえておきたい3つのポイントを確認しておきましょう。
- カンダタはなぜ救いの機会を得られたのか
- なぜ蜘蛛の糸は切れたのか
- 自分ならどう行動するか・自分の生活と結びつけて考える
この3つのポイントが自然に盛り込まれている感想文は、内容に深みが出て読み手に伝わりやすくなります。
それぞれについて詳しく解説しますね。
なお、読み進めながら「この場面を読んでどう感じたか」を付箋やスマートフォンのメモ帳に書きとめていくと、あとから感想文を書くときにとても楽になります。
感想文のキモは「あらすじ」ではなく「自分がどう思ったか」。
その場その場で感じたことを忘れないうちにメモしておくことが、質の高い感想文への近道です。
ポイント①:カンダタはなぜ救いの機会を得られたのか
カンダタは生前、数えきれないほどの悪行を重ねてきた人物です。
にもかかわらず、お釈迦様は彼に蜘蛛の糸を垂らして救いの手を差し伸べます。
なぜでしょうか?
それは、カンダタがかつて一度だけ、森の中で蜘蛛を踏み殺しかけてやめたことがあったからです。
「小さな虫でも命がある」と思い直し、そっと逃がしてやった。
ただそれだけのことが、地獄に落ちたあとの彼にとって、唯一の善い行いとして残っていたのです。
感想文を書くにあたって、ここで考えてみてほしいことがあります。
「たった一つの小さな善い行いが、本当に意味を持つのだろうか?」という問いです。
カンダタ自身は、蜘蛛を逃がしたことなどすっかり忘れていたに違いない。
それでもお釈迦様は覚えていた、という事実は、読んでいてハッとさせられます。
「あの善い行いがなければ、カンダタに救いの機会はなかった」という視点で考えると、どんなに小さなやさしさも決して無駄にはならないというメッセージが浮かびあがってきます。
ここを読んで「どう感じたか」を必ずメモしておきましょう。
「意外だった」「感動した」「不思議に思った」、どんな感情でも構いません。
その素直な気持ちが感想文の核になります。
ポイント②:なぜ蜘蛛の糸は切れたのか
物語のクライマックス——糸が切れる場面。
これが『蜘蛛の糸』でいちばん重要な部分です。
カンダタは糸をのぼっている途中で、ふと下を見ると無数の罪人たちが自分のあとについてきているのに気づきます。
「糸が切れてしまう!」と恐れたカンダタは、こう叫びます。
「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己のものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」
■引用:芥川龍之介 蜘蛛の糸(青空文庫)
そしてその瞬間、糸はぷつりと切れてしまう。
では、なぜ切れたのでしょうか。
罪人たちが多すぎて重くなったから、という理由では説明がつきません。
本当の理由は、カンダタの「心が変わってしまったから」です。
蜘蛛を逃がしたときのカンダタには、小さくても確かな思いやりがありました。
でも糸の上では、自分だけが助かることしか考えられなくなってしまった。
利己心が、救いを失わせた——それがこの物語の核心です。
ここを読んで「どう感じたか」もメモしておいてください。
「かわいそうだと思った」でも、「当然の結果だと思った」でも、「自分だって同じことをするかも」でも、どれも正直な感想であれば感想文として立派に使えます。
ポイント③:自分ならどう行動するか・生活と結びつけて考える
読書感想文をあらすじのまとめで終わらせてしまうのは、とてももったいない。
感想文が評価される大きなポイントは、「作品を読んで、自分はどう考えたか」が書かれているかどうかです。
たとえば、もし自分がカンダタの立場だったら、どうしたでしょうか。
「同じように叫んでしまうかもしれない」と正直に思うなら、その気持ちを書いていいのです。
大切なのは、そこから「だから自分はこうありたい」という方向へ話をつなげること。
また、日常の場面に結びつけるのも有効です。
「グループ学習でうまくいかないとき、つい他の人のせいにしてしまう」・「テストで友達より良い点を取りたいと思うと、助けてあげたいという気持ちが後回しになる」——そういった身近な体験と重ねると、感想文がぐっとリアルになります。
「この物語から何を学んだか」、「これからどう行動したいか」を最後にまとめると、しっかりとした締めくくりになりますよ。
※『蜘蛛の糸』のあらすじや面白い点を解説した記事はこちらです。


『蜘蛛の糸』読書感想文のテンプレート(穴埋め式)
さきほどの3つのポイントが自然に盛り込まれる、『蜘蛛の糸』の感想文の穴埋め式のテンプレートを紹介します。
____の部分に自分の言葉を入れていくだけで、骨格のしっかりした感想文が完成しますよ。
ステップ1:書き出し(目安:80〜100字)
私は芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を読んで、____という場面がもっとも印象に残った。
この短い物語を通して、____について深く考えさせられた。
(ポイント:カンダタが蜘蛛を逃がした善い行いか、糸が切れた場面のどちらかをここで触れましょう)
ステップ2:あらすじを簡単にまとめる(目安:80〜100字)
この物語は、悪人のカンダタが死後に地獄へ落ちるところから始まる。
お釈迦様は、カンダタが生前にただ一度だけ____をしたことを思い出し、蜘蛛の糸を垂らしてやる。
カンダタが糸をのぼっていると、後ろから____がついてきているのに気づく。
カンダタが「____!」と叫んだ瞬間、糸はぷつりと切れてしまった。
ステップ3:感じたことを書く(目安:120〜150字)
(ポイント②:糸が切れた理由を自分の言葉で説明しましょう)
糸が切れたのは、罪人たちが多かったからではなく、____からだと思う。
カンダタが蜘蛛を逃がしたときには____という気持ちがあったのに、糸の上では____になってしまった。
この場面を読んで、私は____と感じた。
ステップ4:自分の生活に結びつける(目安:100〜130字)
(ポイント③:自分ならどうするかを正直に書きましょう)
もし自分がカンダタだったら、____と思う。
自分の日常でも、____というときに同じような気持ちになったことがある。
カンダタのことは他人事ではないと感じた。
ステップ5:まとめ(目安:60〜80字)
『蜘蛛の糸』は、____を教えてくれた作品だ。
小さな善い行いも大切だが、____こそが本当に大事なのだと学んだ。
これからは____ように意識して生活したい。
『蜘蛛の糸』の読書感想文の例文
小学生と中学生と高校生向けに『蜘蛛の糸』の読書感想文の例文を一つずつ紹介します。
コピペで使わず、できれば自分の体験や気持ちを差し込んでアレンジしてみてください。
自分の言葉が入った感想文は、ぐっと良いものになりますよ。
800字の小学生向け
【題名】カンダタから学んだ大切なこと
私は『蜘蛛の糸』を読んで、人の心の怖さと優しさについて深く考えさせられた。
この物語の主人公カンダタは、たくさんの悪いことをして地獄に落ちた人だった。
でも、昔に小さな蜘蛛を助けたことがあったので、お釈迦様が蜘蛛の糸を垂らして助けようとしてくれた。
最初にこの場面を読んだ時、私は「どんなに小さな優しさでも、きっと誰かが見ていてくれるんだな」と思った。
学校で友達が困っている時に手伝ったり、道で転んだ人を起こしたりする時も、誰も見ていないように思えるけれど、そんな小さな親切も大切なんだと感じた。
けれど、カンダタは糸を登っている途中で、他の人たちが後から付いてくるのを見て「この糸は俺のものだ」と叫んでしまった。
その瞬間、糸が切れてカンダタは再び地獄に落ちてしまった。
この場面を読んだ時、私は胸がドキドキした。
カンダタの気持ちも分かるような気がしたからだ。
自分だけが助かりたいと思うのは、人間なら当然の気持ちかもしれない。
でも、その気持ちが強すぎると、せっかくのチャンスまで失ってしまうのだと学んだ。
私も普段の生活で、友達と遊んでいる時に自分だけが得をしようとしたり、テストの答えを教えてほしいと言われた時に断ったりすることがある。
そんな時は、カンダタのことを思い出して、みんなで幸せになれる方法を考えるようにしたいと思った。
お釈迦様が最後に悲しそうな顔をして立ち去ったのも印象的だった。
きっと、カンダタが他の人たちと一緒に登ってくれば良かったのにと思っていたのだろう。
私たちも困っている人がいたら一緒に頑張ろうという気持ちを持つことが大切だと感じた。
『蜘蛛の糸』を読んで、小さな優しさの大切さと、みんなで助け合うことの重要性を学んだ。
これから友達や家族と接する時は、自分だけではなく、みんなが幸せになれるように行動していきたいと思う。
1200字の中学生向け
【題名】自分だけが助かればいい——カンダタが教えてくれたこと
私は芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を読んで、カンダタが「下りろ、下りろ」と叫んだ瞬間のことが頭から離れなかった。
悪人であるカンダタが、ただ一度だけした善いことで救われるかもしれなかったのに、その機会を自分の手で壊してしまったのだ。
この物語は、人間のずるさと弱さをするどく描いていると思った。
カンダタは、生きていたころに人を傷つけることをくり返してきた人物だ。
そんな彼が死後に地獄に落ち、極楽を遠くから眺めている。
お釈迦様は、そんなカンダタがたった一度だけ蜘蛛を踏み殺さずに逃がしてやったことを思い出し、一本の細い蜘蛛の糸を垂らしてやる。
この場面を読んで、私は少しおどろいた。
悪人であっても、小さな善いことをしていれば、救いの手が差し伸べられることがあるのかと思ったからだ。
たった一つの小さなやさしさが、どれほど大きな意味を持つのか、じっくり考えさせられた場面だった。
カンダタは夢中になって糸をのぼっていく。
どれほどのぼっても糸は切れない。
ところが、ふと下を見ると、無数の罪人たちが自分のあとについてのぼってきているではないか。
カンダタはおそろしくなって叫んだ。
「おれの糸だ、お前たちは下りろ!」
その瞬間、糸はカンダタのいるところからぷつりと切れてしまった。
なぜ糸は切れたのだろうか。
重くなったからではない、と私は思う。
カンダタが「自分だけ助かればいい」と思った、その利己心のせいではないだろうか。
蜘蛛を助けたときのカンダタには、小さな思いやりがあった。
でも糸をのぼるとき、彼の心には思いやりのかけらもなかった。
そのちがいが、運命を分けたのだと感じた。
自分のことしか考えられなくなったとき、人間はいちばん弱くなるのかもしれない。
この話を読んで、自分のことを振り返ってみた。
たとえばクラスのグループ発表で、自分のアイデアばかり押し通そうとして、ほかのメンバーの意見をないがしろにしてしまったことがあった。
そのときの自分は、カンダタとどこがちがうのだろう。
自分だけよければいいという気持ちは、だれの中にもひそんでいると思う。
だからこそ、この物語は読んでいて他人事ではなかった。
ただし、カンダタはもともと悪人だったわけで、私とは状況がちがうとも思う。
でも一方で、善いことをしたかどうかよりも、そのときに何を考えていたかのほうが大事なのかもしれないと気づいた。
小さな善い行いも、心がともなっていなければ意味をなさないのではないか。
この物語は、そんなことを静かに問いかけてくる。
『蜘蛛の糸』を読んで、私は「人間の心はとてもこわい」と思った。
救われる寸前まで来ていても、一瞬の利己心でそれを簡単に壊してしまえる。
カンダタの姿は、遠い昔の悪人の話ではなく、今の自分にも重なって見えた。
これからは、自分だけが得をしようとするのではなく、まわりのことも考えて行動できるようになりたいと思う。
小さなやさしさを大切にしながら、それが心からのものであるように意識していきたい。
2000字の高校生向け
【題名】糸が切れたほんとうの理由
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を読んで最初に感じたのは、「こんなに短い話なのに、なぜこんなに重たいのだろう」という驚きだった。
あらすじだけを見れば単純に見えるかもしれないが、読み終えたあとにじわじわと何かが残る。
そのざらついた後味が気になって、何度もページを読み返した。
物語の主人公カンダタは、生前に数えきれないほどの罪を犯してきた人物だ。
殺しも盗みも平気でやってきた、どこからどう見ても悪人である。
そんな彼が死後に地獄へ落ちるのは、当然の結末といえばそうかもしれない。
しかしお釈迦様は、カンダタが生きていたときにたった一度だけした善いことを覚えていた。
森の中で蜘蛛を踏み殺しかけたとき、「いや、この虫にも命がある」と思い直して逃がしてやったのだ。
大きな悪の中に、小さな善がひそんでいた。
私がこの場面でいちばん心を動かされたのは、カンダタ自身がその善いことをすっかり忘れていたことだった。
意識してやった善行でもなく、報われることを期待した行動でもない。
それでもお釈迦様は見ていた、という事実が、この物語全体を静かに支えていると思う。
どんなに小さなやさしさも、無意味にはならない。
そのことを、芥川はさりげなく、でも確かに伝えようとしていた。
蜘蛛を逃がしたとき、カンダタはこの小さな行動が後に自分の運命を左右するとは、夢にも思っていなかったはずだ。
だからこそ、純粋な行動だったと言えるのかもしれない。
カンダタは蜘蛛の糸をのぼりはじめる。
はるか上には極楽の光があり、はるか下には地獄の暗闇が広がっている。
懸命にのぼっていた彼が、ふと下を見たとき、無数の罪人たちが自分のあとについてきているのに気づく。
このとき彼の頭によぎったのは、「糸が切れたらどうしよう」という恐怖だった。
そしてすぐに「おれの糸だ、お前たちは下りろ!」と叫んでしまう。
追い詰められたとき、人間はこんなにも速く変わってしまうのか、と思った。
私はこの瞬間を読んで、正直なところ、カンダタのことを責める気にはなれなかった。
あの状況で、自分なら冷静に「皆で一緒にのぼろう」と言えるだろうか。
かなり難しいと思う。
怖くて、必死で、自分のことしか考えられなくなる——それは人間として自然な反応ではないかとも感じた。
でも一方で、その自然な反応こそが、救いを失わせる原因になってしまうというところに、この物語の厳しさがある。
糸が切れた理由を考えるとき、「重くなったから」という解釈は的外れだと思う。
本当の原因は、カンダタの心が変わったことにある。
蜘蛛を逃がしたときの彼には、理由はどうあれ、命を大切にしようとする小さな気持ちがあった。
しかし糸の上では、ほかの人間の命よりも自分の命だけを優先した。
その心の変化こそが、糸を切った。
善と悪は行動だけでなく、そのときどきの「心のあり方」によっても決まるのだと、この場面を読んで強く感じた。
私は部活動でキャプテンをしていたとき、似たような経験をしたことがある。
チームが勝てない時期が続き、焦るあまり自分のプレーのことばかり考えるようになっていた。
後輩の失敗にいらいらして、フォローよりも批判が先に出てしまったこともある。
カンダタほど極端ではないけれど、追い詰められたときに利己的になってしまう心の動きは、自分にも確かにある。
そのことを正直に認めるのは気持ちのいいことではなかったが、この物語を読んで向き合わざるをえなかった。
この物語でもうひとつ気になったのは、お釈迦様の態度だ。
カンダタが地獄へ落ちていくのを、お釈迦様はただ静かに見ている。
止めることも、もう一度糸を垂らすこともしない。
この姿勢を最初に読んだとき、冷たいと感じた。
でも読み返すうちに、そうではないかもしれないと思いはじめた。
お釈迦様はカンダタに「選ぶ機会」を与えた。
どう使うかは、カンダタ自身にゆだねた。
その結果を、ただ受け止めた。
それが本当の意味での慈悲なのかもしれない、と今は思っている。
人の選択に口を出さず、ただそっと機会を渡す——それはある意味で、最も深い思いやりの形なのかもしれない。
『蜘蛛の糸』は、悪人の末路を描いた寓話として読むこともできる。
しかし私には、人間だれもが持っている利己心と、それとどう向き合うかを問いかける物語として読めた。
完全な善人も完全な悪人もいない。
善と悪は、カンダタの中に同時に存在していた。
そしてそれは、私たちの中にも同様に存在しているはずだ。
この作品を読んで、私は「自分の中にも蜘蛛の糸がある」と思った。
日常の小さな場面で、人を思いやれるかどうか。
その積み重ねが、自分という人間をつくっていくのだと感じた。
カンダタの失敗を他人事として笑うのではなく、自分への問いとして受け取りたい。
たった一度のやさしさが救いのきっかけになるなら、日々の小さなやさしさを大切にしていきたいと、この物語を読んで心から思った。
書き出し例×5
書き出し①:印象に残った場面から始めるパターン
『蜘蛛の糸』を読んで、カンダタが「お前たちは下りろ!」と叫んだ瞬間が頭から消えない。
あれだけ必死でのぼってきた男が、たった一言で自分の救いをつぶしてしまったのだ。
どうしてそんなことをしてしまったのか、最初は腹立たしくさえ感じた。
でも読み進めるうちに、カンダタのことを笑えないという気持ちになってきた。
追い詰められたとき、自分だけが助かりたいと思うのは、人間なら誰でも同じかもしれないから。
この物語は、そんな人間の弱さをするどくついてくる一作だ。
書き出し②:問いかけから始めるパターン
「たった一度の小さな善い行いが、人を救うことができるのだろうか?」
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を読んで、最初に浮かんだ疑問がこれだった。
カンダタは生前、数えきれないほどの悪事を重ねてきた大泥棒だ。
そんな彼に救いの糸が垂らされたのは、ただ一度だけ蜘蛛を踏み殺さなかったから。
この事実を知ったとき、正直驚いた。
悪の量と善の量は、単純に足し引きできるものではないのかもしれない。
この物語が問いかけるのは、善と悪の重さについてだと思った。
書き出し③:自分の体験から始めるパターン
グループ学習でうまくいかないとき、気づいたら「自分だけ良い評価をもらえれば」と考えていたことがある。
そんなとき、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』に登場するカンダタの姿が重なった。
カンダタは地獄の底から極楽をめざして糸をのぼりながら、自分のことしか考えられなくなってしまった男だ。
彼の選択と、あのときの自分の気持ちは、どこかで似ている気がした。
他人のことを考えられなくなる瞬間は、意外と日常の中にひそんでいる。
そのことを気づかせてくれたのが、この作品だった。
書き出し④:作者や作品の背景から始めるパターン
芥川龍之介が『蜘蛛の糸』を書いたのは、今から100年以上前のこと。
それでも今読んでも少しも古くならないのは、この物語が人間の本性を描いているからだと思う。
主人公カンダタは、誰がどう見ても悪人だ。
しかしたった一つの善い行いが、彼の運命を大きく変えようとした。
「善い人だから救われる」ではなく、「善いことをした瞬間があったから救われかけた」——その微妙なちがいに、読んでいてはっとさせられた。
この物語は、善と悪について改めて考えさせてくれる作品だ。
書き出し⑤:テーマから始めるパターン
人は追い詰められたとき、本当の姿が出ると言う。
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』は、その言葉をそのまま物語にしたような一作だ。
地獄から極楽へのぼる一本の糸——それはカンダタに与えられた、たった一度きりのチャンスだった。
しかし彼は、そのチャンスを自分自身で手放してしまう。
なぜそんなことをしてしまったのか。
その理由を考えていくと、人間の利己心のこわさが見えてくる。
題名の例×5
感想文の題名は、内容の中心テーマを反映させるのがポイントです。
以下の5つから、自分の感想文の内容に合ったものを選んでみてください。
| 題名 | どんな内容に合うか |
|---|---|
| 小さな善い行いの意味 | カンダタが蜘蛛を逃がした行動の大切さを中心に書いた感想文に |
| 利己心が救いを失わせる | 糸が切れた理由・カンダタの自己中心的な叫びを中心に書いた感想文に |
| 糸が切れたほんとうの理由 | なぜ糸が切れたのかを自分なりに考察した感想文に |
| 自分だけが助かりたいという気持ち | カンダタの心理に寄り添いながら、自分の体験と重ねて書いた感想文に |
| カンダタの姿と自分の弱さ | カンダタを他人事ではなく、自分への問いとして読んだ感想文に |
振り返り
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』の読書感想文について、書き方のポイントからテンプレート、例文、書き出し例、題名の例まで一通り紹介しました。
この記事でお伝えしたかったのは、3つのポイント。
- カンダタの善い行いはたった一つでも意味があった
- 糸が切れたのは利己心のせい
- カンダタの行動を自分ごととして考えることが感想文を深くする
難しく考えすぎなくて大丈夫です。
「この場面を読んでこう感じた」という素直な気持ちが、感想文の一番の武器。
小学生でも中学生でも高校生でも、あなたが正直に感じたことを言葉にすれば、それは立派な感想文になります。
テンプレートや例文を参考にしながら、ぜひ自分らしい一作を書き上げてみてください。
あなたならきっと、いい感想文が書けるはずです!
※『蜘蛛の糸』の意味や芥川龍之介が伝えたいことはこちらで解説しています。


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