朝井リョウの小説『正欲』のあらすじや感想をご紹介しますね。
『正欲』は第34回柴田錬三郎賞を受賞した朝井リョウさんの話題作で、令和の時代における多様な人間の欲望や生きづらさを描いた社会派小説です。
この小説は簡単に読めるような内容ではありませんが、現代社会の「普通」や「正しさ」について深く考えさせてくれる作品でもあります。
年間100冊以上本を読む読書家の私が、ネタバレなしであらすじから登場人物、さらには感想まで詳しく説明していきますので、きっと皆さんの読書感想文作成の参考になるはずですよ。
それでは、さっそく進めていきましょう。
朝井リョウ『正欲』のあらすじを短く簡単に(ネタバレなし)
朝井リョウ『正欲』のあらすじを詳しく(ネタバレなし)
『正欲』のあらすじを理解するための用語解説
『正欲』を読む上で重要な用語をまとめましたので、参考にしてください。
用語 | 説明 |
---|---|
正欲 | 作品タイトルで「性欲」と同音異字を掛けている。 「正しい欲望とは何か、それを誰が判断するのか」 という問いが根底にある。 生きる上での承認欲求や生存欲求など、 広い意味の欲望も含む。 |
フェチ | 性的嗜好の一種で 通常とは異なる対象や行動に性的興奮を感じること。 本作では「水」に関連する性的嗜好が重要テーマとなる。 社会では理解されにくく偏見や孤立を生む要因にもなる。 |
多様性(ダイバーシティ) | 様々な人や価値観、背景を認め合うこと。 作品では「多様性」の理念が持つ 曖昧さや問題点を批判的に扱っている。 「みんな違ってみんな良い」という 理想と現実のギャップがテーマ。 |
社会的な「普通」 | 登場人物の多くが抱える圧力で 社会や家族が決める「普通」や「正しい」価値観。 これに合わない欲望や個性は排除や差別の対象となる。 物語は「何をもって普通とするのか」を問い続ける。 |
これらの用語を理解しておくと、『正欲』の複雑なテーマやストーリーの深層により迫りやすくなります。
『正欲』の感想
この小説を読み終えたとき、しばらくページが閉じられなかったんです。朝井リョウさんの『正欲』は、本当に心を深く揺さぶる力を持った、とんでもない傑作だと思いますね。
まず何より、作者の筆力にはただただ驚かされました。いろんな人の視点から物語が進んでいくんですが、それぞれの登場人物の心の動きがあまりにもリアルで、読んでて息苦しくなることもしばしば。
特に印象的だったのは、桐生夏月と佐々木佳道が抱える「水フェチ」という性的嗜好について。作者はまったく偏見なく、すごく丁寧に描いているんです。一般には理解されにくい性のあり方に対して、これほど繊細で真摯に向き合った小説って、滅多にないんじゃないでしょうか。「こんな風に感じる人もいるんだな」って、自分の中の凝り固まった常識がガラガラと崩れていく感覚がありました。
それから、検察官の寺井啓喜が息子の不登校に悩む描写も、親としてすごく考えさせられましたね。「普通」の子に育ってほしいっていう親心と、子どもの個性を大切にしたいっていう気持ちの間で揺れる啓喜の気持ちは、多くの親御さんが抱える悩みそのものだと思います。
YouTuberになりたいっていう息子の夢を、社会的に「まっとう」じゃないと感じてしまう啓喜の葛藤は、今の世の中の縮図を見ているようでした。
神戸八重子が企画する「ダイバーシティフェス」のエピソードも忘れられません。多様性を受け入れようっていう素晴らしい取り組みのはずなのに、八重子さん自身が兄への嫌悪感から異性恐怖症を抱えているっていうのは、なんとも皮肉が効いてますよね。
「多様性」っていう言葉の綺麗さと、それを実際に実現する難しさを、こんなにも鋭く描いた場面は他にないでしょう。
諸橋大也の物語は、正直言って読んでいて辛い部分もありました。彼が抱える秘密と、それが最終的に引き起こす事件については、簡単に良い悪いを判断できない複雑さがあります。
でも、だからこそ、この小説には価値があるんだと思います。世の中には白黒つけられない問題がたくさんあって、『正欲』はそうした現実の複雑さから目を背けずに描いているんですよね。
物語の構成も本当に見事でした。最初はバラバラに進んでいた登場人物たちの話が、少しずつ絡み合っていく様子は圧巻です。特に終盤の展開は、良い意味で読者の予想を裏切りながらも納得感があって、朝井リョウさんの構成力の高さをひしひしと感じました。
ただ、この小説は決して読みやすい作品ではありません。扱っているテーマが重いですし、登場人物たちが抱える問題も深刻です。
読み終えた後も、すっきり爽やかというよりは、むしろモヤモヤとした気持ちが残るんです。でも、そのモヤモヤこそが、この小説の醍醐味なんだと思います。
「正しい欲望って何だろう?」「多様性って本当に可能なのかな?」「普通って一体何のことだろう?」
そんな問いを読者に投げかけて、安易な答えを与えない。それが『正欲』という小説の真骨頂なんじゃないでしょうか。
40代の男性として、そして一人の人間として、この小説から本当に多くのことを学びました。自分の中にある無意識の偏見、他人を理解しようとすることの大切さ、そして人間の欲望の複雑さ……。
読む前の自分には戻れない、そんな強烈な読書体験でした。あなたもこの作品を読んで、何か感じることはきっとはるはずですよ。
※『正欲』の読書感想文の書き方と例文はこちらで解説しています。

『正欲』の作品情報
項目 | 内容 |
---|---|
作者 | 朝井リョウ |
出版年 | 2021年(単行本) 2023年(文庫本) |
出版社 | 新潮社 |
受賞歴 | 第34回柴田錬三郎賞 第3回読者による文学賞 2022年本屋大賞ノミネート |
ジャンル | 現代小説、社会派小説 |
主な舞台 | 横浜、広島、神奈川(金沢八景大学) |
時代背景 | 令和時代の現代日本 |
主なテーマ | 多様性、性的マイノリティ、社会的偏見 「普通」とは何か、人間の欲望の本質 |
物語の特徴 | 複数視点による群像劇 現代社会の問題を鋭く描く |
対象年齢 | 高校生以上(一部成人向けの内容を含む) |
『正欲』の主要な登場人物とその簡単な説明
『正欲』に登場する重要な人物たちを紹介しますね。
人物名 | 紹介 |
---|---|
寺井啓喜 | 横浜地方検察庁に勤務する検事。 小学4年生で不登校の息子・泰希を持つ。 息子がYouTuberになりたいと言い出して悩んでいる。 |
桐生夏月 | 岡山駅直結のイオンモールにある寝具店の販売員。 人との積極的な関わりを避けている。 誰にも話せない特殊な性的嗜好を抱えている。 |
神戸八重子 | 金沢八景大学に通う3年生で学祭実行委員。 「ダイバーシティフェス」を企画・運営している。 兄の問題から異性に対して複雑な感情を抱いている。 |
佐々木佳道 | 高良食品営業部商品開発課に勤務する会社員。 夏月の中学校時代の同級生だが3年生の途中で転校した。 夏月と同じ秘密を共有している。 |
諸橋大也 | 金沢八景大学に通う3年生でダンスサークル「スペード」に所属。 昨年の学祭のミスターコンテストで準ミスターに選ばれた。 周囲からの誤解や偏見に苦しみながら秘密を抱えている。 |
寺井泰希 | 啓喜の息子で小学4年生。 現在不登校でYouTuberになることを夢見ている。 父親の期待と自分の願いの間で揺れ動いている。 |
これらの登場人物たちが織りなす複雑な人間関係が、物語の核心部分を形成しています。
『正欲』の読了時間の目安
『正欲』の読書時間について目安をまとめました。
項目 | 詳細 |
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ページ数 | 528ページ(新潮文庫版) |
推定文字数 | 約316,800文字 |
読了時間の目安 | 約10時間30分 |
1日1時間読書の場合 | 約10日~11日で読了可能 |
読みやすさ | 中程度(内容が重く考えながら読む必要がある) |
『正欲』は内容が重厚で考えさせられる場面が多いため、通常よりも読書ペースが遅くなる可能性があります。
じっくりと時間をかけて読むことをおすすめします。
『正欲』はどんな人向けの小説か?
『正欲』は特に以下のような人におすすめできる小説です。
- 現代社会の「多様性」という言葉に疑問や違和感を感じている人
- 人間の心の奥底にある複雑な感情や欲望について深く考えたい人
- 「普通」とは何かについて哲学的に思索したい人
この小説は表面的な多様性論ではなく、実際にマイノリティが抱える生きづらさや社会の偏見について、非常にリアルに描いています。
また、読後に簡単な答えを求める人や、爽やかな読後感を期待する人には向かないかもしれません。
『正欲』は読者に深い問いを投げかけ、考えることを要求する作品だからです。
あの本が好きなら『正欲』も好きかも?似ている小説3選
『正欲』と似たテーマや問題意識を持つ小説を3作品紹介します。
いずれも多様性やマイノリティ、社会の規範について深く考えさせられる現代小説です。
辻村深月『傲慢と善良』
辻村深月さんによるこの作品は、現代社会における「普通」や「幸せ」「規範」に苦しむ人々を描いています。
表面的な多様性ではなく、他者との本質的な違いを受け入れることの難しさや痛みを掘り下げている点で『正欲』と共通しています。
理想と現実のギャップ、当事者以外にはわからない苦悩と社会的孤立など、読者に深い問いを投げかける作品です。

窪美澄『ぼくは青くて透明で』
セクシュアルマイノリティの高校生を主人公にした青春小説で、ジェンダーや家族、世間の「普通」に苦しむ姿を瑞々しく描いています。
血のつながりを越えた愛、受け止められたい気持ち、常識から外れる怖さなどが静かに描かれており、『正欲』と同様に「普通って何?」という根本的な問いを扱っています。
性的マイノリティの視点から社会を見つめる姿勢も共通しています。
トニ・モリソン『ビラヴド』
アメリカの女性作家による世界文学の傑作で、マイノリティや社会から押し付けられる抑圧、差別を描いています。
「分かり合えなさ」へのもどかしさ、自らの身を引くしかない孤独や畏怖など、『正欲』を読んだときと共通した圧迫感や理解しきれない苦しみが読後に残ります。
単に多様性を讃美するのではない、現実の重さを描いた点で通じるものがあります。
振り返り
朝井リョウの小説『正欲』について、あらすじから感想、作品情報まで詳しく解説してきました。
この小説は現代社会における多様性や「普通」とは何かという根本的な問いを投げかける、非常に挑戦的な作品です。
簡単に答えの出ない複雑なテーマを扱っているため、読書感想文を書く際には、自分なりの考えや疑問を大切にしながら向き合ってみてください。
『正欲』はネタバレなしでも十分に深い考察ができる小説ですから、ぜひじっくりと読んで、皆さん自身の「正欲」について考えてみてくださいね。
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