『モモ』は面白い?大人でも楽しめる本だと感じた5つの魅力

『モモ』は面白い? 感想

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「ファンタジー小説は苦手」、「子供向けの内容でしょ?」って思って、ミヒャエル・エンデの『モモ』を読むのをためらっていませんか?

実は私も最初はそうだったんですよ。

本屋さんで『モモ』を手に取ったとき、「いい大人が今更、楽しめるかな」という不安がありました。

でも、読み始めてみたら気づいたんですね。

この小説には確かに魅力があって、大人でも夢中になっていく……

気がつけば、月曜の朝に通勤電車の中で読み始め、次の日の夜には読み終えていました。

今日は、そんな私が感じた『モモ』の面白さをお伝えしていきます。

一見すると子供向けに見えるこの物語の魅力を、できるだけわかりやすく解説していきますね。

『モモ』は面白い小説か?

多くの読者から「面白い」と評価されている『モモ』ですが、いったいどんな点が魅力なのでしょうか?

  • ドキドキハラハラのストーリー
  • 哲学的・社会的なテーマ
  • ファンタジー要素
  • キャラクターの魅力
  • 現代への共感

ドキドキハラハラのストーリー

まず、『モモ』のストーリー展開は、読者をぐいぐい引き込む魅力があります。

主人公のモモが時間泥棒と呼ばれる「灰色の男たち」と対決するというプロットは、単純なようでいて、実に奥深いんですよ。

モモは人の話を「ただ聞く」という特別な能力を持っていて、その力で人々の悩みを解決していきます。

そんな彼女の住む町に、ある日「灰色の男たち」が現れ、人々から「時間」を奪い始めるんです。

人々は「時間を節約しよう」と思うようになり、だんだんと心の余裕をなくしていきます。

友達と話す時間も、ゆっくり食事を楽しむ時間も、自分の趣味に没頭する時間も、すべて「無駄」だと考えるようになってしまうんです。

そして、モモはその「時間泥棒」の正体を突き止め、人々の時間を取り戻すために奮闘します。

この「時間泥棒との攻防」というストーリーラインは、現代社会への警鐘を鳴らしながらも、読者をドキドキさせるサスペンス要素もあって、とても引き込まれるんですよ。

特に、モモが「時間の国」を訪れるシーンは幻想的で美しく、読んでいると時間を忘れてしまうほど。

ページをめくる手が止まらなくなる、そんな魅力があります。

哲学的・社会的なテーマ

『モモ』の最大の魅力は、「時間」という身近なテーマを哲学的に掘り下げている点でしょう。

「時間とは何か?」「人はなぜ忙しく生きるのか?」といった問いかけが物語全体を通して描かれています。

現代人の多くが「時間がない」と感じながら生きていますよね。

仕事に追われ、スマホに追われ、やるべきことに追われ……

そんな私たちに、エンデは「本当の時間の豊かさとは何か」を考えさせてくれるんです。

灰色の男たちが人々に「時間を節約しなさい」と囁くシーンは、今の効率重視の社会を見事に表現していて、「あぁ、私も同じかも」と思わずうなってしまいました。

「効率よく生きること」と「充実した時間を過ごすこと」は必ずしも一致しないという気づきは、読後も長く心に残ります。

また、『モモ』は単なる時間論ではなく、人間関係の大切さや、コミュニケーションの本質も描いています。

モモの「聞く力」は、忙しい現代人が忘れがちな「相手に真摯に向き合う」ことの価値を教えてくれますよね。

これらの哲学的・社会的なテーマが、難しすぎず、かといって浅すぎず、ちょうどいい塩梅で描かれているのが『モモ』の素晴らしさだと思います。

ファンタジー要素

『モモ』はファンタジー小説としても十分に楽しめる作品です。

時間泥棒である「灰色の男たち」や、「時間の国」に住む不思議な老人マイスター・ホラなど、奇想天外な設定が満載です。

特に「時間の花」という概念は美しく、読んでいるとその花々が本当に見えるような気がしてきます。

また、モモが時間の国を訪れるシーンは、まるで不思議の国のアリスのような冒険感があり、ワクワクしながら読み進められるんですよ。

ファンタジー要素は単なる装飾ではなく、「時間」というテーマを表現するための重要な要素になっています。

抽象的な「時間」という概念を、具体的な「花」や「泥棒」という形で表現することで、読者は理解しやすくなるんです。

ファンタジー小説が苦手な方でも、『モモ』のファンタジー要素は受け入れやすいはず。

ストーリーに自然に溶け込んでいて、「なるほど、そういう表現か」と納得できる設定ばかりですから。

キャラクターの魅力

『モモ』の登場人物たちも、とても魅力的です。

まず、主人公のモモは不思議な少女です。

彼女は特別な能力を持っていますが、それは超能力のようなものではなく、「聞く力」という誰もが持ちうる能力なんです。

そして、道路掃除人のベッポ爺さんや、ガイドのジジといった個性豊かな友人たちとの交流も心温まります。

特にベッポ爺さんの「一歩一歩、息をひとつひとつ」という生き方の哲学は、現代のマインドフルネスにも通じるものがあり、心に響きますよね。

また、敵役である「灰色の男たち」も、単なる悪役ではなく、現代社会の効率主義や時間に追われる生き方を象徴する存在として描かれています。

彼らの「時間を節約すれば、あとでまとめて使える」という甘い誘惑は、今を生きる私たちも日々感じているものではないでしょうか。

このように、それぞれのキャラクターが「時間」というテーマを異なる角度から表現していて、物語に深みを与えているんです。

現代への共感

『モモ』が1973年に書かれた作品だということを考えると、その先見性に驚かされます。

「時間に追われる生活」「効率重視の社会」「人間関係の希薄化」など、現代社会の問題をこれほど的確に予見していたことに感心します。

今の私たちは、スマホの通知に振り回され、SNSに時間を奪われ、「いいね」の数で自分の価値を測ったりしていませんか?

そんな現代人にとって、『モモ』の問いかけは痛いほど響くはずです。

「本当に大切なのは何か?」「時間をどう使えば幸せになれるのか?」

こうした問いは、1973年当時よりも、むしろ今の方が切実になっているかもしれません。

だからこそ、『モモ』は今読んでも、いや、今だからこそ読むべき本なのです。

現代社会への批判が含まれていながらも、決して説教臭くならないのが『モモ』の素晴らしさです。

あくまでファンタジーの形を取りながら、読者に「時間」について考えるきっかけを与えてくれるんですよね。

※『モモ』のあらすじを先に確認したい方はこちらの記事でどうぞ。

ミヒャエルエンデ『モモ』のあらすじを簡単に短く&詳しく
ミヒャエルエンデの小説『モモ』のあらすじを簡単に短く紹介。また詳しいあらすじも。読書感想文のテーマに選ばれる本書のストーリー上の重要ポイントもまとめました。

『モモ』の面白い場面(印象的・魅力的なシーン)

『モモ』には多くの印象的なシーンがあります。

ストーリーの中で特に魅力的な場面をいくつか紹介しましょう。

  • モモの「聞く力」が発揮されるシーン
  • 時間泥棒との対決シーン
  • マイスター・ホラとの出会いと時間の国訪問
  • 友情の力が描かれるシーン

モモの「聞く力」が発揮されるシーン

『モモ』の中で最も印象的なのは、モモの「聞く力」が描かれるシーンです。

モモは特別な能力を持っていますが、それは超能力ではなく、「人の話を聞く」という、誰もが持ちうる能力なんです。

でも、彼女の「聞き方」は特別でした。

モモは相手の話を、全身全霊で聞きます。

話し手の言葉だけでなく、その裏にある気持ちまでも受け止めるんです。

そして不思議なことに、モモに話を聞いてもらった人は、自分自身の問題の解決策を見つけることができるようになります。

町の人々が抱える様々な悩みや対立も、モモが間に入って話を聞くことで解決していくんです。

例えば、喧嘩をしていた友達同士が、モモの前で話しているうちに和解するシーンは心温まります。

また、創作に行き詰まった若い芸術家が、モモに聞いてもらうことで新しいアイデアを得るシーンもありました。

このような「聞く力」が人を癒し、問題を解決していく様子は、現代の私たちにとっても大きな示唆を与えてくれます。

SNSで自分の意見を発信することが当たり前になっている今、「聞く」という行為の価値が見直されるべきではないでしょうか。

モモの「聞く力」は、彼女が持つ特別な才能であると同時に、私たち読者も意識して身につけることができる能力なのかもしれません。

時間泥棒との対決シーン

物語の中心となるのは、「灰色の男たち」と呼ばれる時間泥棒とモモの対決です。

彼らは人々に「時間を節約しなさい」と囁き、節約された時間を奪っていきます。

特に印象的なのは、灰色の男がモモにも近づき、彼女の時間を奪おうとするシーンです。

人形をプレゼントして、モモの心を惑わそうとする場面は、現代の私たちが物質的な豊かさと引き換えに、本当の時間の豊かさを失っていることを象徴しているようで、ハッとさせられました。

また、モモが時間泥棒の正体を知った後、彼らに追いかけられるサスペンスシーンも、ページをめくる手が止まらなくなるほど緊迫感があります。

灰色の男たちが描かれる様子も秀逸です。

彼らは灰色の服を着て、灰色の顔をしており、灰色の車に乗っています。

この「灰色」という色彩は、彼らが生命力や感情を持たない存在であることを表現していて、読んでいて背筋が寒くなるようなリアリティがあります。

現代社会の中で、感情を失い、機械的に効率だけを追い求める人々の姿にも重なって見えますよね。

このような時間泥棒との対決を通じて、エンデは「時間」という目に見えない概念を、具体的な物語として表現することに成功しています。

マイスター・ホラとの出会いと時間の国訪問

物語の後半で、モモは「時間の国」を訪れ、マイスター・ホラという不思議な老人と出会います。

この場面は、ファンタジー要素が最も色濃く表れる箇所で、幻想的な美しさに満ちています。

マイスター・ホラはモモを時間の国へと導き、「時間の花」を見せてくれます。

一人一人の人間の人生を表す「時間の花」は、無数の星のように輝き、開いたり閉じたりしながら、それぞれの人の時間の流れを表しています。

この描写は詩的で美しく、読んでいる私たちも時間の国にいるような感覚になります。

また、マイスター・ホラが「時間」というものの本質について語るシーンも印象的です。

「人間の心の中でしか、時間は生まれない」「時間はそれぞれの人の心の中で違った速さで流れる」といった言葉は、哲学的でありながらも、直感的に理解できる深さがあります。

モモが時間の国で見る夢のシーンも魅力的です。

彼女は夢の中で、自分自身の過去や未来を垣間見ることができます。

このシーンを読むと、「時間」という概念が単なる時計の針の動きではなく、もっと深い、人間の意識や記憶と結びついたものであることを感じることができますよ。

友情の力が描かれるシーン

『モモ』では、モモと彼女の友人たちとの絆も重要なテーマです。

特に、モモと道路掃除人のベッポ爺さん、そして物語の語り手のジジとの友情は心温まるものがあります。

彼が広い道路を掃除するとき、全体を見ると気が遠くなるので、目の前の一歩だけを考えて掃除をするという姿勢は、人生の困難に直面したときの知恵にもなります。

また、ジジはモモに様々な物語を語って聞かせる役割を担っています。

彼の語る物語は、決して完璧ではなく、時にはつじつまが合わないこともありますが、そこがかえって魅力的なんです。

完璧を求めず、今この瞬間を楽しむという姿勢は、時間に追われる現代人にとって大切な気づきを与えてくれます。

そして何より、友人たちがモモを心配し、彼女を探すシーンや、最後にみんなで協力して時間泥棒に立ち向かうシーンは、人と人とのつながりの大切さを感じさせてくれます。

効率や時間に追われる現代社会では、このような「無駄」に見える人間関係こそが、実は最も価値あるものだという気づきを与えてくれるんです。

※作者のミヒャエル・エンデが『モモ』で伝えたいことは以下の記事で考察しています。

『モモ』が伝えたいこと。心に刻まれる魔法の言葉5選!
『モモ』が伝えたいことを現代社会を生きる若者の視点から深く掘り下げます。時間の使い方、人とのつながり、心の豊かさについて、作品に込められた5つの重要なメッセージを解説。効率化が進む現代だからこそ響く、この物語の本質的な価値を探ります。

『モモ』の評価表

評価項目 点数 コメント
ストーリー ★★★★☆ 時間泥棒との対決という独創的な設定。ただ、展開がやや緩やかな印象も。
感動度 ★★★★★ 時間の本質や人間関係の価値について深く考えさせられる。心に響く名言も多い。
ミステリ性 ★★★☆☆ 灰色の男たちの正体や時間の謎など、ミステリ要素はあるが、謎解き重視ではない。
ワクワク感 ★★★★☆ 時間の国への冒険や灰色の男たちとの対決など、ファンタジックな展開が魅力的。
満足度 ★★★★★ 読後感が素晴らしく、人生観に影響を与えるほどの深い内容。何度も読みたくなる。

『モモ』を読む前に知っておきたい予備知識

『モモ』をより深く楽しむために、事前に知っておくと良いことがあります。

  • 作者ミヒャエル・エンデについて
  • 『モモ』が書かれた時代背景
  • 物語の基本設定

作者ミヒャエル・エンデについて

ミヒャエル・エンデは1929年にドイツのガルミッシュで生まれ、1995年に亡くなったドイツの作家です。

『モモ』だけでなく、『はてしない物語』の作者としても有名ですね。

エンデは元々、俳優としても活動していた人物で、その経験が物語の表現力の豊かさにつながっているとも言われています。

彼の作品の特徴は、現代社会を鋭く見つめながらも、ファンタジーと深いメッセージを織り交ぜている点にあります。

特に、物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを重視する姿勢は、彼の作品全体を通じて感じられるものです。

また、エンデ自身が「子どものための本も、大人のための本もない。ただ良い本と悪い本があるだけだ」と語っていたように、彼の作品は年齢を問わず楽しめる普遍性を持っています。

『モモ』も一見すると子供向けのファンタジーのようですが、その内容は大人が読んでも深く考えさせられるものばかりです。

エンデの世界観を知っておくと、『モモ』の深いメッセージをより理解しやすくなるでしょう。

『モモ』が書かれた時代背景

『モモ』が書かれたのは1973年で、ドイツでは「高度経済成長期」とも言える時代でした。

物質的な豊かさが急速に広がる一方で、効率や生産性が重視され、「時間に追われる」生活が一般化していった時期です。

当時はまだインターネットもスマホもなかった時代ですが、エンデはそのような未来社会の問題点を鋭く予見していたようにも思えます。

「時間の価値」や「効率主義への批判」といった『モモ』のテーマは、まさに当時の社会情勢を反映したものだったんですね。

また、1970年代は環境問題や消費社会への批判が高まった時期でもあります。

『モモ』に描かれる「時間を節約して何になるのか?」という問いかけは、「経済成長して何になるのか?」という当時の社会的な問いとも重なるものでした。

このような時代背景を知っておくと、『モモ』が単なるファンタジーではなく、現実社会への深い洞察に基づいた作品であることがよく理解できます。

そして、それはなぜ今の私たちが読んでも共感できるのかという理由にもなっているんですよ。

物語の基本設定

『モモ』の舞台は、具体的な時代や国は明記されていない架空の町です。

主人公のモモは、誰にも属さない少女として、廃墟となった円形劇場に住んでいます。

モモには両親がいないようですが、その詳しい生い立ちは明かされません。

彼女の最大の特徴は「聞く力」です。

モモは人の話を全身全霊で聞くことができ、それによって人々の悩みや対立を解決に導く不思議な能力を持っています。

物語の中心的な敵役は「灰色の男たち」と呼ばれる時間泥棒たちです。

彼らは「時間貯蓄銀行」の職員を名乗り、人々に「時間を節約しなさい」と囁きます。

そして、節約された時間を奪い、それを葉巻として吸うことで生きているという設定です。

また、物語の重要な場所として「時間の国」があり、そこには「マイスター・ホラ」という不思議な老人が住んでいます。

彼は人間の時間を管理し、「時間の花」を育てる役割を担っています。

このような基本設定を知っておくと、物語の展開がより理解しやすくなるはずです。

ただし、これらの情報はあくまで基本的なものであり、物語を読み進める中で徐々に明らかになっていくので、あまり深く知りすぎるのも楽しみが半減するかもしれませんね。

『モモ』を面白くないと思う人のタイプ

どんなに素晴らしい本でも、すべての人に合うわけではありません。

『モモ』を読んでも面白くないと感じる可能性がある人のタイプを考えてみました。

  • 物語のペースにじれったさを感じる人
  • テーマが抽象的すぎると感じる人
  • 寓話的な表現に抵抗がある人

物語のペースにじれったさを感じる人

『モモ』は比較的ゆっくりとしたペースで物語が進行します。

アクション満載の展開や、次から次へと事件が起こるようなスリリングな展開を期待している人には、少しもどかしく感じるかもしれません。

特に物語の序盤は、モモと町の人々との関係性を丁寧に描くことに多くのページが割かれています。

「早く本題に入ってほしい」と思う人には、この部分がやや冗長に感じられるでしょう。

また、エンデの文体は詩的で、情景や心理描写に多くの言葉を費やします。

これは作品の魅力でもありますが、「要点だけ簡潔に伝えてほしい」というタイプの読者には合わないかもしれません。

さらに、『モモ』は子供向けの作品としても読まれることが多いですが、大人が読むには「展開が単純すぎる」と感じる部分もあるかもしれません。

ただ、ストーリーのペースを楽しみながら読むと、その中に込められたメッセージの深さに気づくことができるはずです。

テーマが抽象的すぎると感じる人

『モモ』の中心テーマは「時間」です。

「時間とは何か」「どう使うべきか」といった問いかけは、哲学的で抽象的なものであり、具体的な解決策を求める実用志向の強い読者には物足りなく感じるかもしれません。

「時間管理のコツが学べる」と思って読み始めると、期待とは違う内容に戸惑うでしょう。

また、現代社会への批判的な視点も含まれていますが、「では具体的にどうすればいいのか」という答えは、読者自身が考えるよう促されています。

明確な答えや解決策を求める人には、もどかしさを感じさせる構成かもしれません。

さらに、時間泥棒や時間の花といったファンタジー的な表現が、テーマをより抽象的に感じさせることもあるでしょう。

ただ、こうした抽象性こそが『モモ』の魅力でもあり、読者がそれぞれの解釈で物語を深めていくことができる余白を作っているとも言えます。

寓話的な表現に抵抗がある人

『モモ』は基本的に寓話(たとえ話)の形式を取っています。

時間泥棒や時間の花など、抽象的な概念をファンタジー的な形で表現していますが、こうした表現方法を「子供っぽい」と感じる人もいるかもしれません。

特に、文学作品に写実性や現実感を求める読者には、『モモ』のファンタジー要素が作為的に感じられる可能性があります。

また、教訓めいたメッセージが含まれていることから、「説教くさい」と感じる人もいるでしょう。

さらに、『モモ』は1970年代に書かれた作品であり、現代のテクノロジーやSNSの問題などは直接的には扱われていません。

そのため、「今の時代には合わない」と感じる読者もいるかもしれません。

ただ、エンデの描く「時間」の問題は、テクノロジーの形が変わっても本質的には同じであり、むしろ今の時代だからこそ響くものがあるはずです。

【当ブログの結論】『モモ』は本当に面白い!

ここまで『モモ』の魅力を様々な角度から見てきました。

『モモ』は児童文学というカテゴリなので、高校生以上の方は手に取るのが抵抗がありますよね。

でも、そんな偏見は捨てて一度読んでみる価値がありますよ。

子どもには子どもの楽しみ方がありますが、大人には大人形の楽しみ方や面白みがありますから。

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