『ごんぎつね』の読書感想文の書き方について、詳しく解説していきますよ。
新美南吉作の『ごんぎつね』は、小学校の国語教科書でおなじみの児童文学の名作。
親のいない子狐のごんが、村人の兵十にいたずらをしてしまった後、後悔して償いの気持ちで栗や松茸を届けるようになるものの、最後は悲しい結末を迎える物語ですね。
この記事では、年間100冊以上の本を読む私が読書感想文の書き方から例文、題名の付け方、書き出しのコツまで丁寧に解説していきます。
小学生や中学生の皆さんがコピペに頼らず、自分の言葉で感動的な感想文を書けるよう、しっかりとサポートしていきますよ。
『ごんぎつね』の読書感想文で触れたい3つの要点
『ごんぎつね』の読書感想文を書く際に、ぜひ触れてほしい重要な要点が3つあります。
これらの要点について、読みながら「どう感じたか」をメモしておくことをお勧めします。
感じたことをメモする際は、付箋やノートを使って「この場面で心が動いた」「ここでごんの気持ちが分かった」といった具体的な感情を書き留めておきましょう。
なぜ「どう感じたか」が重要なのかというと、読書感想文は作品のあらすじを書くものではなく、あなた自身の心の動きや気づきを表現するものだからです。
以下の3つの要点を中心に、あなたなりの感想を深めていってくださいね。
- ごんの心の変化といたずらの意味
- 孤独と優しさ、すれ違いの悲しさ
- 償いと理解、本当の思いやりとは何か
それでは、それぞれの要点について詳しく見ていきましょう。
ごんの心の変化といたずらの意味
『ごんぎつね』を読書感想文で扱う際、まず注目したいのがごんの心の変化です。
物語の冒頭で、ごんは村人たちを困らせるいたずら好きの子狐として描かれています。
特に兵十が川で捕った魚やウナギを逃がしてしまう場面は、単なるいたずらのように見えますね。
しかし、兵十の母親の葬列を見たとき、ごんの心に大きな変化が訪れます。
自分が逃がしたウナギが、病気の母親のために兵十が用意していたものだったと気づいたのです。
この瞬間のごんの気持ちを想像してみてください。
きっと胸が締め付けられるような後悔の念に襲われたことでしょう。
ここでのごんの心境の変化は、単なる「悪戯→反省」という単純な図式ではありません。
他者の痛みや悲しみを理解し、共感する心が芽生えた瞬間なのです。
読書感想文では、このごんの心の成長について、あなた自身の体験と重ね合わせて書いてみましょう。
例えば、あなたも誰かを傷つけてしまった経験があるかもしれません。
その時の気持ちとごんの気持ちを比べてみると、より深い感想が書けるはずです。
また、ごんのいたずらには、実は孤独な子狐なりの「注目されたい」「関わりたい」という気持ちが隠されていたのかもしれません。
親のいないごんにとって、いたずらは人間との唯一の接点だったのかもしれませんね。
この視点から考えると、ごんの行動にはより深い意味が見えてきます。
孤独と優しさ、すれ違いの悲しさ
『ごんぎつね』のもう一つの重要なテーマが、孤独と優しさ、そしてすれ違いの悲しさです。
ごんも兵十も、それぞれが深い孤独を抱えた存在として描かれています。
ごんは親のいない一匹の子狐で、兵十は母親を亡くした一人の若者です。
二人とも家族を失い、一人で生きていかなければならない境遇にあります。
この共通点が、物語に深い悲しみと美しさを与えているのです。
ごんが兵十に栗や松茸を届けるようになったのは、単なる償いの気持ちだけではないでしょう。
同じ孤独を抱える者同士として、兵十に寄り添いたいという優しさがあったのかもしれません。
しかし、その優しさは兵十には伝わりませんでした。
兵十は毎日届けられる栗や松茸を「神様のおかげ」だと思い込んでしまいます。
ここに物語の最も切ない部分があります。
ごんの必死の思いやりが、相手に届かないのです。
このすれ違いについて、あなたはどう感じましたか。
きっと「もどかしい」「悲しい」「なんとかならないの」という気持ちになったのではないでしょうか。
読書感想文では、このすれ違いがなぜ起こったのか、どうすれば防げたのかについて、あなたなりの考えを書いてみましょう。
また、現実の人間関係でも、このような「思いが伝わらない」経験があるかもしれません。
そうした体験と重ね合わせることで、より深い感想文になるでしょう。
償いと理解、本当の思いやりとは何か
『ごんぎつね』の最後の場面は、読者に深い問いかけを投げかけます。
ごんが兵十の家に栗を届けに来たとき、兵十はそれをまたいたずらだと思い込み、火縄銃で撃ってしまいます。
そして撃った後で、土間に置かれた栗を見て、ようやくごんの真意に気づくのです。
「ごん、お前だったのか。いつも、栗をくれたのは」
■引用:新美南吉 ごん狐(青空文庫)
という兵十の言葉は、あまりにも遅すぎた理解でした。
この場面について考えるとき、私たちは「本当の思いやり」とは何かを問われているように感じます。
ごんの行動は確かに優しさから生まれたものでした。
しかし、その優しさは相手に伝わらなければ意味がないのでしょうか。
それとも、たとえ理解されなくても、誰かを思いやる気持ちそのものに価値があるのでしょうか。
また、償いとは何なのかについても考えさせられます。
ごんは自分のしたことを償おうと必死に努力しました。
しかし、その努力は最終的に悲劇を招いてしまいました。
真の償いとは、相手の立場に立って考え、相手が本当に求めているものを理解することなのかもしれません。
読書感想文では、このような深いテーマについて、あなた自身の考えを述べてみてください。
正解はありません。
あなたがこの物語から何を学んだか、どんなことを考えたかが大切なのです。
また、日常生活で「思いやり」を実践するときに気をつけたいことなども書けば、より実践的な感想文になるでしょう。
※『ごんぎつね』の物語上の疑問点の考察や解説はこちらの記事にまとめています。

『ごんぎつね』の読書感想文の例文(800字の小学生向け)
【題名】ごんの気持ちが分かった
私は『ごんぎつね』を読んで、ごんがとてもかわいそうだと思った。
最初はいたずらばかりしていて、兵十さんの魚を逃がしてしまったりして、悪い子だと思っていた。
でも、兵十さんのお母さんが亡くなったことを知って、ごんの気持ちが変わったのが分かった。
私も誰かに意地悪をしてしまった後で、その人が悲しい思いをしていることを知ったとき、ごんと同じような気持ちになったことがある。
すごく後悔して、何かお詫びをしたいと思った。
ごんが栗や松茸を兵十さんに届けるようになった気持ちがよく分かる。
きっとごんは「ごめんなさい」という気持ちと、兵十さんを元気にしてあげたいという優しい気持ちでいっぱいだったと思う。
でも、兵十さんにはその気持ちが伝わらなかった。
兵十さんは神様がくれたものだと思っていて、ごんががんばって届けていることを知らなかった。
これがとても悲しかった。
私だったら、手紙を書いて「いつも栗を届けているのは私です」と教えてあげたい。
そうすれば、最後の悲しいことは起こらなかったかもしれない。
最後の場面で、ごんが兵十さんに撃たれてしまったときは、本当に胸が苦しくなった。
兵十さんがごんの気持ちに気づいたのが遅すぎて、取り返しがつかなくなってしまった。
でも、最後にごんが「うん」とうなずいたところで、二人の気持ちがやっと通じ合えたのかなと思った。
この物語を読んで、人に優しくするときは、ちゃんと気持ちを伝えることが大切だと学んだ。
黙って良いことをするのも素晴らしいけれど、相手に分かってもらえないと、すれ違いが起こってしまう。
私も友達や家族に優しくするときは、「あなたのことを思っているよ」ということをきちんと言葉や態度で表したいと思う。
また、誰かが私に親切にしてくれたときは、それに気づいて「ありがとう」と伝えたい。
ごんも兵十さんも、本当はお互いを大切に思っていたのに、それが伝わらなくて悲しい結果になってしまった。
同じようなことが現実でも起こらないように、周りの人の気持ちをもっとよく見て、感謝の気持ちを忘れずにいたいと思った。
『ごんぎつね』の読書感想文の例文(1200字の中学生向け)
【題名】伝わらない優しさの悲劇
新美南吉の『ごんぎつね』を読み終えて、私は深い悲しみと同時に、人間関係の根本的な問題について考えさせられた。
この物語は、ただの動物が主人公の幼児向けの童話ではなく、孤独や優しさ、意思疎通の難しさといった、現代社会にも通じる普遍的なテーマを描いていると思う。
主人公のごんは、最初はいたずら好きの子狐として登場する。
しかし私は、その行動の裏に深い孤独があったのではないかと感じた。
親を亡くしたごんにとって、村人との接点がいたずらしかなかったのかもしれない。
たとえ怒られても注目されることで、自分の存在を確認していたのだろう。
この点で、ごんは現代の子どもたちが抱える孤独感と重なる部分があると思う。
物語の転機は、兵十の母の死である。
ごんは自分が逃がしたウナギが、病気の母のためのものだったと知り、深く後悔する。
ここで、ごんの中に他者への共感が芽生える。
それは単なる反省ではなく、もっと深いレベルでの思いやりの感情であり、彼の成長の証だ。
その後、ごんは兵十に栗や松茸を届け始める。
しかしその善意は、兵十には伝わらず、神様の恵みと誤解されてしまう。
このすれ違いこそが、物語の核心である。
どれだけ純粋な善意でも、伝わらなければ意味を持たない。
現代でも、善意のすれ違いは日常的に起きている。
親の言葉が子にとってはプレッシャーになるように、思いやりが誤解を生むことは多い。
私自身も、相手を思って取った行動が逆効果だった経験があり、ごんの気持ちが痛いほどよくわかった。
物語の結末は、言葉を失ってしまうほど悲劇的だ。
兵十はごんを再びいたずらに来たと思い込み、撃ってしまう。
撃った後になって、栗をくれていたのがごんだったと気づくのだ。
「ごん、おまえだったのか」という言葉は、あまりに遅すぎた理解だった。
もしごんがこっそりと行動したりせず、はっきりと自分の気持ちを言葉で伝えられていれば、この悲劇は避けられたかもしれない。
だが同時に、ごんの立場を思えば、それがいかに難しかったかも理解できる。
この物語から学んだのは、思いやりは持っているだけでは不十分だということ。
適切な方法で伝える努力と、相手の気持ちをくみ取ろうとする姿勢が必要なのだ。
現代はSNSなどでコミュニケーション手段が増えた一方で、誤解やすれ違いも起こりやすくなっている。
『ごんぎつね』が描く「伝わらない優しさの悲劇」は、今の時代こそ深く考えるべき問題だ。
この物語を通して私は、人と関わる中で、もっと相手の立場を考え、自分の気持ちも率直に伝える努力をしていきたいと思った。
ごんのような優しさを持ちながら、それを伝える力も身につけたい。
そして、周囲の人の小さな思いやりにも気づける人でありたい。
『ごんぎつね』は、悲しい結末ながら、人間関係の本質を鋭く描いた貴重な作品だと思う。
振り返り
『ごんぎつね』の読書感想文について、3つの重要な要点から例文まで、詳しく解説してきました。
この記事を読んで、きっとあなたも素晴らしい感想文が書けるようになったはずです。
大切なのは、物語を読みながら自分の心がどう動いたかを素直に表現することです。
ごんの気持ちの変化、孤独な二人のすれ違い、そして本当の思いやりとは何かについて、あなたなりの感じ方や考えを大切にしてくださいね。
小学生の皆さんは素直な気持ちを、中学生の皆さんはより深い分析を交えて、自分だけの感想文を完成させてください。
きっと心に残る素晴らしい作品が書けることでしょう。
※『ごんぎつね』のあらすじはこちらでご紹介しています。

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